心のバリアフリー

0-28バリアフリーといいますと、家の段差をなくすとか、レストランが車椅子でも座れるようにするとか、一般的にハード面のことを言いますが、心のバリアというのもあります。

健常者が、高齢者や障害のある人を思いやらない、というバリアもありますが、実は、高齢者や障がい者本人がバリアを作っていることは、けっこうあります。

人生の途中から体の自由が効かなくなってくると、心を閉ざしてしまう人がいます。特に、元気なときは苦労なしでわがままいっぱいで暮らしてきたようなええとこの奥さんとか、企業のエライさんとか、その傾向が強いような気もします。職業がどうだったから、どうだ、ということではないんですが。

心にバリアがある人とない人では、晩年の人生は、ずいぶん違います。

私の知っているあるおばあさんは、わりと若い時の病気で、何十年も車椅子生活でした。病気になった時にはいろいろ葛藤もあったでしょうが、私がお会いした頃は、全て受け入れて感謝の日々を送っておられました。ヘルパーだろうが、タクシーの運転手だろうが、誰に対しても感謝の気持で、たいして面白くない私の話も、笑って聞いてくれてました。デイサービスや病院のスタッフにも大変人気がありました。

介護保険制度は私のためにできたのだと、政治にも感謝。なにより、一生懸命介護をしてくれるご主人や息子さんのことも、いつも話されていました。デイサービスのカラオケでは、かすれた小さい声ですが、ニコニコと歌っておられ、こういう愛される年寄りにならんといけないなあと、思ったものでした。

同時期に、おつきあいのあったもう一人のおばあさんは、車椅子で透析の通院通いの日々ですが、昔は結構羽振りがよかったらしく、家には毛皮のコートやら何やら、よさげなものがたくさんありました。もうすでに亡くなった旦那の、収入やら学歴やらを頻繁に自慢され、介護タクシーの運転手には、「あんたは勉強もせんかったから今頃こんな仕事してるんや」、なんて平気な顔で言うんですね。

やや、認知症気味もあったのか、相続争いで5億円取り損なったのは、あんたらが病院に無理やり連れて行って親族会議に参加できんかったからや、などと責任を押し付けてくれてました。

病院にでかける前はごねて時間が掛かるし、帰りは買い物するからコンビニによっていけなど、わがまま放題で送迎スケジュールを狂わせてくれていました。

息子夫婦は、すぐそばに住んでいて嫁は食事を作ってくれたりしていたそうですが、あんまりいい関係ではなかったようです。お嫁さんは甲斐甲斐しい感じの人でしたが、「部屋に入ろうと思ったら吐き気がするんです…」と打ち明けられました。便の匂いはたしかにありましたが、心理的な要素が大きかったのだろうとおもいます。

亡くなったのは、ヘルパーが訪問した時に異変を発見して通報、救急車で運ばれている時だったそうです。

心がけ次第で、自分の体がどうなろうと、いい人間関係は作れるとおもうのです。

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