不老不死は実現する?


古より不老不死を望む、時の権力者が学者に研究させたり、猿田彦が火の鳥を追いかけたり、星野鉄郎が永遠の命を求めて銀河鉄道999に乗ったり、不老不死というのは人類普遍のテーマであります。

我が国では、平均寿命がどんどん伸びて世界一になりました。

長生きのリスク

しかし、長生きというのはリスクでもあります。

薬漬けになって人工的に心臓を動かして息だけしている状態でも、平均寿命を伸ばしているわけです。

惰性で呼吸させられ楽しみもなく、家庭の経済を圧迫し家族には負担をかけ、国の経済も圧迫し、介護という生産的でもない事業に薄給で人材をつぎ込まねばならず、はて、恩恵を受けている人はいるのでしょうか?

自然に逆らってまで長生きしても、幸せな老後かというと、私は、どうかなあと思っています。

 

医療技術は今後ますます発達し、iPS細胞や、なんとか細胞で、ますます人間の個体の寿命は伸びていくと思われます。私も120歳くらいまでは元気に生きたいなと思っています。

しかし、単に時間が増えたというだけでは、人生の質というか、価値というものが増えたということにはならないような気もするのです。

現在でも、80歳でもエベレストに登る人や、100歳でも記録を伸ばし続けるアスリートのような人もいます。現役の芸術家や小説家、経済人などもおられます。

健康で人生経験豊かなお年寄りは、人生を楽しみ、人に感動を与えたりして世の中に貢献しています。そんな年寄りに私はなりたい。

全く健康でどこも異常なし、という人は少数にはなりましょうが、医療技術で、ちょっとくらいのハンデはカバーできるようになると思います。これは喜ばしいことです。

 

しかし、実質的に精神や肉体のエネルギーが尽きている人は、もうこの世の役目を終わってもいいんじゃないかなあと思っております。

その判断は非常に難しいところですが。

人を殺してはいけないと思いますが、いつまでも人が人を生かしつづけておく権利というのも無いと思うんですね。

難しい問題だなあ。

永遠の命とは

永遠の命といえば、後世に残る創作物や偉業じゃなかろうかと思います。

作ったものや書いたものなど、文字や映像で、後世に残しやすくなっている現代です。

博物館に展示してもらわなくっても、お金をかけずにインターネットの世界に解き放つことができます。インターネットがなくならない限り永遠に記録されることも可能でしょう。

これこそ現代の不老不死じゃないかなあと思います。

あーええ人やった!どんな人?こんな人!とパソコンを叩けば出てくるわけです。後世に誇れるいいものを残したいですね。

 

形に残るものでなくとも、子孫や弟子、企業理念など、後世の記憶に残ったり、影響を与えたりできれば、それも永遠の命じゃないかと。

人生はたかだか120年くらいかもしれませんが、人類の続く限り、語り続けられるものを残したいと思います。

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